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 部活も終わり、部室にいるのはマネージャの私と、後片付けを手伝ってくれている後輩の小宮君の二人だけ。
 小宮君は1人黙々とサッカーボールの数を数えている。それに比べて私のほうの作業は――といっても部誌を書くだけだけど――実はさっきから全然進んでいなかったりする。
 でもいいのだ。いつもなら『てめー、トロいんだよ』といって蹴りを入れてくる同じクラスの暴君部長こと、天野が今日はいないから。
「小宮君、小宮君」
 私の呼びかけに、小宮君は「なんですか?」と可愛い顔で振り向いた。天使の笑顔だ。
「海って、いいよね」
「……鈴木先輩、いきなり何言ってるんですか。もうすぐ11月ですよ、思い切り季節外れじゃないですか」
 酷い。冷たい。
「そんな、まるで天野みたいな冷たい言葉は欲しくないの、小宮少年。いつもの君だったら『そうですね、先輩』と笑顔をくれるじゃないか。ギブミー、スマイル」
 なに言ってるんですか。頭でも打ちましたか。と、小宮君は嫌そうに顔をしかめる。
「鈴木先輩がいつもと違うからですよ。隠し事をしてる人には俺は冷たいんです」
「分かるのかね」
「分かりますよ。それにその言葉使いもやめてください」
 鬱陶しいです、と小宮君は付け加えた。怒っているような瞳が、冗談で言っているわけではないことを物語っている。だから私も、誤魔化すのはやめた。
「門倉にね、彼女が出来ちゃったんだあ」
「昨日、見ました。門倉さんの彼女って、先輩と一緒によくいる人ですよね」
「うん、友達なの。これが悔しい事に、顔良し、頭良し、性格良しなんだ」
 勝負する前から、勝敗が見えるとはこのことだ。
 少女漫画なら、これを逆転させるのがストーリーとして成り立つんだろうけど、現実はそんな甘くない。というか、この場合きっと、友達が漫画の主人公で、私は脇役なのだろう。
 門倉、門倉 晋。天野のように、私と同じクラスの男子。高校に入ってから三年間ずっと一緒のクラスだった。仲良い関係、と言い切っても自信過剰にはならないと思う。学校内だけの友達じゃなくて、外でもよく遊んでいるし、口喧嘩もしょちゅうしたけど次の日にはけろりと話せるような、そんな関係。
 そして、よくあるパターンとして――私は門倉のことが好きだった。
 けれど門倉は私ではなく私の友達が好きで。友達の方も門倉が好きで。入り込む隙間は1ミリたりともなかったのだ。
「ほとんど諦めつつ、でも本音は、諦めが悪いのよねえ。心のなかで、上手くいくなって願ってるのに、外面では二人のこと応援してたんだあ」
「不毛、ですね」
「はは、天野君にも、馬鹿じゃねえのって言われた」
「天野さんに相談してたんですか」
「うん、天野君て、口も態度も悪いけど、何だかんだ言って面倒見いいから」
「俺は、馬鹿だとは思いませんよ。先輩は門倉さんもその彼女さんも、二人とも好きだったんですよね」
 小宮君は、尋ねるというより、確かめるように言った。
 痛いところ指摘するなよ。しかも優しい笑顔つきだなんてさ。泣きそうになるじゃないか。
「そう、大好きなの。上手くいってよかったって喜んでる気持ちも、一応、あるにはあるの」
 でも駄目なんだ。まだ今は。
 私のほうが先に好きになったのに。一年の頃から門倉を知っているのに。どうして私じゃ駄目なの。どうして、門倉の隣にいるのは、私じゃなくて、あなたなの。
 私が苦労して築き上げたものを、あなたはいとも簡単に持っていってしまった。
 どうして。
 神様は、不公平だ。
 どろどろして、くすぶっている気持ち。自分のなかにこんなものがあるなんて思わなかった。恋をしていると綺麗になるというけど、あれは少なくとも私には当てはまっていない。だって、こんなに醜いものを抱えているんだから。
「今はまだ……妬む気持ちの方が大きくて、二人の前で素直に笑えないんだよね」
「話して、少しは楽になりました?」
「少しはね。でも」
「でも?」
「今だけ、とびきり甘やかせて欲しいッス。元気になれるようなお言葉お願いします」
 私が椅子の上で正座してぺこりと頭を下げたら、それを見て小宮君は笑った。笑ってから、こほんと咳払いして姿勢を正す。
「門倉さんは同性の俺から見ても、すごくカッコいい人だと思います」
 そうだね。小宮君は門倉のことが好きだものね。
 あんまりに門倉の名前を連呼して付いてまわってるから、この二人怪しいんじゃないかって噂もあったんだよ? 君は知らないだろうけど。ホントに、門倉との仲良し振りには、妬いちゃうこともあったからね。
「一本気というか一直線というか。まあ一つのことしか見えなくなるって所もあるけど」
 うんうん。
 そういう格好いいところも、それにちょっと馬鹿なところも、全部、好きだった。喧嘩も、馬鹿騒ぎもしたりした。でも、きちんと気持ちを口に出す事は出来なかった。
 いつか気持ちに気付いてくれて、門倉から何か言ってくれるんじゃないかって、夢見てたんだよね。
 ずっと、ずっと友達として接することしかできなかったけれど、でも、とても、とても、真剣に好きだったんだ。
「あの人を好きになったことは、胸を張れることだと思います」
「胸張って、いいよね」
「自信持ってください」
「うん」
「それに、鈴木先輩はかわいいと思いますよ」
「ありが、とう」
 いつもなら『オイオイ寒いぞ小宮』と突っ込みいれてる所だけど。今はそういう熱いセリフが目に染みるよ、小宮君。
 ずずっと、色気なく鼻水をすすって笑う。
「元気出てきた」
「良かったです。先輩は笑ってる方がいいから」
 よくもまあ、そんなセリフをさらりと言ってくれる。
 照れるけれど、でもまあ、今日ぐらいはとことん持ち上げてもらっても罰は当たらないだろう。私も調子に乗って、にっこりとよそ行きの笑顔で笑って見せた。
「ああそうだ、元気になった鈴木先輩に、1つお願いがあるんですが」
「元気にさせてくれたご褒美に、かなえて見せましょう。言って御覧なさい」
「じゃ、遠慮なく。あのですね、天野さんにいろいろ相談するのやめてください」
「はあ?」
「相談とか、これからは俺が聞きますから」
「うん?」
 言葉の真意が読み取れなくて、私はただ、相槌を打った。小宮君は相変わらず笑っている。
「さっき、門倉さんのことをいろいろ褒めちぎってみたんですが」
 うんうん。
「そういう素晴らしい門倉さんを好きな俺は、かなりオススメだと思うんですけど」
 ……う、ん?
「どうですか、先輩?」

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