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 調理部が廃部になるかならないか。
 その存続を決める会議に参加する可能性があるのは、教員全員と有力部の部長たち。彼らがくじ引きをして、正式な会議メンバーを決定し、決議を行うという流れだ。
以上が、生徒会長と副生徒会長から得た情報。
 予算会議までは約二週間。
 そのうち土日休日を引くと、もっと短い。もしかしたら、調理室が使えない日があるかもしれないからもっともっと減るかもしれないけど――そういう悪いことは今はあまり考えないことにしよう。うん。

 調理室の開放した窓からは、運動部の掛け声と共に気持ちの良い秋風が流れ込んでくる。残暑はまだまだ厳しいけれど日の差し込まない室内はちょうど良い気温だ。
「あー、きもちいー」
「閉めろ。砂埃が入り込んでくる」
「……」
 逆らわずにぴしゃりと窓を閉めて、振り返る。
 どんな爽やかな気分も、仏頂面をした鈴村君を目の前にすれば、いとも簡単に吹っ飛ぶってものだ。
「今からくじ引きする面子を教えるから、頭に叩き込んでおけよ」
「えっ、ちょ、と、待って」
 いきなりすぎる!
 慌てて書くものを探そうとした私に鈴村君は「何やってる」と眉根を寄せた。
「なにって、メモを取ろうと」
「馬鹿か」
「バ、バカ?」
「大した数じゃない、覚えろ」
 いやいや、定期テストで毎回上位を取ってるあなたに取っちゃ、簡単なことかもしれませんがね。私の脳細胞には大問題なのですよ。
「イニシャルとかで書いておくのも駄目なの?」
「メモを取るなら、名前は教えないぞ」
 鈴村君の顔がさらに厳しくなる。
 なんか、目線だけでも殺されそうなんだけど。これは絶対に譲歩できなさそうだ。
「……分かった、覚えられる自信はないけど努力する」
 しぶしぶ応えると、即座に盛大なため息が返ってきた。
 頭悪いって言いたいのなら、いっそはっきりそう言ってくれっての、ほんとに。
「まず教員から」
「待って頭空っぽにして集中するから!」
 慌てて言うと、鈴村君はもう一つため息をついて、頭が痛いとでもいうようにめかみに手を当てた。
「まだなのか」
「おねがいします!」
「……クジを作るニ年学年主任の山本、これは間違いなく決定してる。着任二年未満の奴は除外だ。それに日本史の西野、地理学の檜山、英語の木田も除外。まあ、職員室内で影響力がある奴と覚えればまず間違いないはずだ」
 確かにそれなら覚えやすい。しかしやっぱりそうなると染井先生は対象外なわけで。ひとりでも味方を増やしたかったのだけれど、こうなっては仕方ない。
「次に生徒の方。男子バスケ部、サッカー部、女子テニス部、水泳部、剣道部、柔道部、新体操部、放送部、吹奏楽部、合唱部、美術部。これらの部長、もしくは副部長がクジを引くことになってる」
 すらすらと出てくる部活名を必死で頭に叩き込む――努力をする。名前の挙がったどの部も、全国大会に出場していたり、入部希望者が多くて大人数だったりで予想していたものと大体一致していた。
 ただ、実績も十分あるのに候補に挙がっていない部もある。これは顧問が職員室内で影響力が無いということらしい。噂では聞いていたけど、どろどろした世界が展開されているみたいだ。
「今言った部の中に知り合いはいるか?」
「あ、ええと……吹奏楽と、バスケと……剣道部は言ったっけ?」
「言った」
「じゃあ、剣道部、にも友達がいる」
「それならとりあえず、そいつらの所から媚を売るんだな」
「え、なんで?」
「一度も口を利いたことが無い奴が、いきなり愛想良くやってきたら怪しいと思うだろ」
 もっともだ。というか、本当にそういうことによく頭が回るな、この人は。
 責任のある立場を何度も経験してるとこうなるのか、それとも鈴村君の性格なのか、どっちだろう。
「たとえばバスケ部に差し入れにいくのなら、わざと多目の量を用意しておいて、同じ体育館で活動してる部にも差し入れる――余ったとか適当なことを言っておけばいいだろう。そうやって手を広げていけばいい。会議に参加しない部の奴らにも手を回すのを忘れるな。ピンポイントで狙いすぎるなよ」
 くれぐれも言っておくが、と鈴村君は表情を険しくした。
「女を敵に回すな。むしろ味方につけろ。上原も一応女だから、俺の言っている意味が分かるだろう」
 一応じゃなくて、れっきとした女だよ……と言ってはみたけれど、鈴村君は聞いちゃあいない。この人、わたしのこと本気で女だと認識してないんじゃないだろうか。
「で、でも、何て言って差し入れ配ろうかな。そんなに廃部になりたくないのかよとか、必死すぎ、って笑われないかな」
「事実な上に、今更じゃないか」
 あー、そーですねー。必死なのは事実ですもんねー。
 投げやりに返事をしたけれど、やっぱり鈴村君はこちらの言うことなど聞いていないようだった。
「いや、だが確かに――」
「ん?」
「露骨に生き残りたいことをアピールするのもいいが、それだけじゃ弱いかもしれない。所詮、素人が作った食べ物だ。それを配ってどこまで他人の同情を引き出せるか……」
 ――確実に天才だ。人の神経を逆なでする天才に違いない。
 素人で悪かったなと恨みがましい目を向けてみても、相手はまったく涼しい顔だ。
 彼に敵が多い理由が嫌でも理解できるというもの。真実を語っているだけなのだけど、オブラートに包むとかその手の日本人的な行為は頭の中に微塵も無いらしい。
「あ、それじゃあ『生き残り対策なんですー』ってのに加えて、『今度の文化祭で出すメニューのアンケートと試作品も兼ねてるんだー』ってことでどうでしょうかね」
 鈴村君はぱちりと目を瞬かせてから、ん、と満足そうに頷いた。
「決定だな。不自然じゃないし、前向きな姿勢も評価できる。上原の頭で考えたにしては良い案だ」
 ほんとうに、この男はもうね……!
 いちいち気にしてたらしようがないんだ、うん。私は一つ大人になった。
 次に聞かせてもらったのは、会議参加メンバーの好みの食べ物の話だ。
 まだ調べ始めたばかりだから数人分の情報しかない、と鈴村君は不満げに言っていたけれど、私にしてみれば『そんな情報どこでどうやって調べてきたんだよ』って突っ込みたくて仕方なかった。もちろん、今までの経験から、それを実行に移すようなことはしないけど。
「今日はこれぐらいだな。注意したことを忘れるなよ。何処で誰が見てるかわからないんだから慎重に行動しろ」
「ん、わかった、気をつける。だけどよく覚えてられるね、そんないろいろとメモもなしで」
「覚えられない理由が分からない」
 鈴村君はにこりともせずに応えた。
 ……まあ、あれだよね。とにもかくにも、これで情報収集は完了だものね。
「よしじゃあ何作るか決めてー、材料の買い物してー」
「上原、その前に」
 腕まくりした私に鈴村君が待ったをかける。ポケットから財布を取り出し、千円札を三枚、私に手渡した。
「なにこれ」
「愚問だな」
 くい、と顎で調理室の扉を示す。
「菓子。飲み物も」
「えええ! また?! 昼休みに山ほど買っておいたじゃない!」
「そんなもの、とっくに無くなってる」
「自慢げに言わない! なんでそんな胸張ってるの!」
 プリンやアイスに加えて、メロンパンとかクリームパンとか腹持ちするものも買っておいたのに。
「ありえない。どういう胃の構造してんの」
「上原」
 鈴村君がすうっと目を細める。
「飴と鞭」
 口答え無用と、低い声が囁いた。そして再び、扉を指し示す。
「ダッシュで」
 犬か、私は。
 取って来い、と命令されている犬なのか。
 ああ、このお金を手にとって、そのまま目の前の顔にぶつけてやったらどんなに気持ちいいだろう。絶対できないけどさ。
 心の中で悪態をつきつつ、鈴村君の手からお金を引ったくり、示されたとおり扉へ直行し――そしてその扉をたたきつけるように閉めた。


 購買部は特別教棟の一階にある。
 普段の休み時間に混むのは当然として、中庭に面していることもあり、放課後も部活の合間の買出しに来る者が多い。けれど、私が覗いたときはタイミングが良かったらしく、人の姿はまばらだった。
 ラッキーだと心から思う。大げさじゃなく神様に感謝だ。買いだめしているところを人に見られたら……特に友達に見られでもしたらなんて言われるか、わかったものじゃない。
 アンパンやらシュークリームやらを適当に棚から選び、隠れるようにしてレジへと運ぶ。購買部のおばさんは私の顔を見るなり、もう見知った間柄だとでもいうように人懐こい笑みを浮かべた。
「あら昼休みに買った分、もう食べちゃったの」
「ええと、そう、です」
「しかしあなた、毎回大量に買っていくわよねえ」
 カウンターに載せられた商品の数々を見て、おばさんは感心しているのか、呆れているのか良く分からない表情を見せる。想像したくは無いけれど、たぶん、後者のような気がする。
「え、えーとえーと」
「まさか、一人で食べてるの?」
 鈴村君がね。とは、さすがに応えられない。
「い、いや、違いますよ、そんなわけないじゃないですか」
「そうよねえ、いくらなんでもねえ」
 おしゃべりはいいから早く清算してくれ! 人が来る!
 あはは、とあっけらかんに笑うおばさんに、多少イラ付きを感じ始める。けれども、相手は私の気持ちなんか知ったこっちゃない。
 ここでびしっと『清算してもらえますか』と一言告げればよかった。
 あのねえ、と開いたその口が、私の心に致命的なダメージを与えた。
「あのね、あなた来るたび棚の商品ほとんど買っていくじゃない? だから売店のみんなの間で噂になってたのよ」
「……え」
「あの子、相当な甘党の大食らいだなあって」
「お、おおぐらい!」
「大食漢とも」
「たいしょくかん!」
 女子高生に対してその単語はどうなの!
「ああ、胃が底なしだとも」
 多感な少女を傷つけるかもしれないとかそういう配慮はないの!
「……だから、私一人が食べてるんじゃないですってば!」
「うんうん、そうよねえ」
「変な噂しないで下さいよ! お願いしますから!」
「……一人で食べるんじゃあ、ないのよねえ?」
 ちらりと盗み見るような視線がこちらを向いた。
 疑っている。この目は完全に疑っている……!
 ちゃんとしっかり訂正しておかないと、と再び口を開きかけた時、中庭に面した入り口から野球部の人たちがどやどやと入ってきた。
 神さま、ちょっと、神さま。ホントに私はそこまで悪いことをしたのですか。このお菓子の山を見られでもしたら、恥ずかしさで今すぐ死ねますよ、私は。
「本当に、他の人にもちゃんと訂正しておいてくださいよ!」
 必死の形相で念をおし、清算を終えた菓子を自分から袋につっこむ。そうして全力ダッシュで向かうところは、ただ一つだ。
「鈴村君!」
 横開きの扉を力いっぱい開き、それ以上の力で閉める。ガタガタビリビリと扉にはまっていたガラスが割れそうな勢いで震えても、私の憤怒の表情を見ても、鈴村君は片眉を少し上げただけだった。
「私、売店のおばさんたちに顔覚えられちゃったんですけど! しかも大食漢だとか大食らいだって噂されてたんですけど?!」
「日に何度も大量に買い込んでいれば当然覚えられるだろうな」
「当然覚えられるだろうな――じゃない! もう買いに行くの嫌だからね、これ以上購買部通ってたら友達にまで噂が広がるよ!」
「上原」
 鈴村君は上から見下ろすような態度で目を細める。
 なんか。室内の気温が下がったような。いや、実際はそんなわけないんだけど。とにかく迫力負けしてしまって、怒鳴りまくっていた口を閉じた。
「選択できるような立場か?」
 蛇が、般若が、睨んでる。
 やばいやばい怖い――でも大喰らいの称号をこのまますんなり受け入れるのも嫌だ。断固として拒否ですよ。
「そ、そうやって脅すのは、良くないと思いますが!」
「人聞きの悪いことを言うな。脅してなんか無い。やるとしたらもっと本気でやる」
 エッ、これで脅しじゃないつもりなの。
 というか、本気の脅しってどんなだよ。
「……鈴村君は」
「なんだ」
「今までどうしてたの。変な噂たったことないよね」
「登校途中で何箇所かコンビニに寄って、少しずつ買い足してた」
「なる……」
 さすがに抜け目が無いというか。徹底してる。
 そういえば湯川君がこの食癖は幼稚舎からだとか言ってたっけ。もう習慣化しているのかもしれない。
「というわけだから、上原もそうしたらいい」
「は?」
 ぽかんと大口を開けて鈴村君を見る。
「あのまさか、学校来る間にコンビニにいっぱい立ち寄れって?」
 そうだ、と鈴村君の頭が縦に動いた。
「大食漢なんて言われたくないんだろ」
 だったら俺と同じ方法を取ればいいじゃないか――なんて、鈴村君はさも当然という風に言い放ったのだった。
 何様だ。どこの王様だ、あんたは。
 もちろん悪態をつくのは、鈴村君が部屋を出て行って、足音が十分遠くなったのを確かめてからだ。
 ――どっと疲れた。体力的というよりは精神的に。
 一秒でも早く家に帰って休みたい気分。だけど、材料なしでは明日から作業に入れないから、ほいほいと帰宅するわけにもいかない。
 ああでもないこうでもないと優秀とは言えない頭を振り絞って、明日からどういう順番で差し入れするかを決め、体を引きずりながら材料の買出しへ出かけ、両の手に材料を満載したナイロン袋を引っさげて学校へ戻ったころには、部活動時間終了間近だった。
 もうどの部も撤収しはじめていて、空はオレンジ色に染まっていて――ああこういうの郷愁を誘う情景ってやつかしら、なんて、ひどく空しくなる。
 ちょっと泣きそうになりながら調理室の作業台の上に買ってきた材料を広げ、足りないものはないか点検し、さて片付けようと材料の山を改めて見返したとき、はたと気付いた。
 黄色のポストイットが作業台の端にはりつけてある。
 手にとってみると『コンビニで購入した際はレシートを忘れるな』と書き付けてあった。さらに違う筆跡で『俺の分も忘れないでね。選択はまかせるけど極度に甘いものは苦手なんでヨロシク』なんて付け加えてある。
 誰と誰がこのメモを残したかなんて、探る必要もない。買出しに出る前にちゃんと鍵をかけておいたけれど、やつらのことだから、合鍵ぐらい持ってそうだ。
「なにがよろしくだいいかげんにしろおおおー!!」
 怒りにまかせてメモを握りつぶし、ゴミ箱に放り込もうとしたら、そのゴミ箱にもポストイットが張ってあった。
『イライラしているのならカルシウムを取れ』
『怒りとストレスは美容の大敵だからね』
 ――もう。もう駄目だ。
 へなへなと両手両膝を床につく。汚れるとか、気にしてる余裕もない。
「本気で悪魔か、あの二人は……!」
 やっぱり、神様なんて都合のいいものはいないんだ。仮に居たとしても役に立たなさすぎだぞ神。
 そのまま床に額をつけるようにして、がくりと力尽きた。

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